であると同じ樣に、愚昧なる通人よりも山出しの大野暮の方が遙かに上等だ。
[#引用文、ここまで]
 通人論は一寸首肯しかねる。又藝者の妻君を羨[#「羨」の さんずい は、底本では にすい]しい抔といふ所は教師としては口にすべからざる愚劣の考であるが、自己の水彩畫に於ける批評眼丈は慥かなものだ。主人は斯の如く自知の明あるにも關せず其自惚心は中々拔けない。中二日置いて十二月四日の日記にこんな事を書いて居る。[#「。」は底本では「、」]
[#引用文、本文より2字下げ]
昨夜は僕が水彩畫をかいて到底物にならんと思つて、そこらに抛つて置たのを誰かゞ立派な額にして欄間に懸けて呉れた夢を見た。偖額になつた所を見ると我ながら急に上手になつた。非常に嬉しい。是なら立派なものだと獨りで眺め暮らして居ると、夜が明けて眼が覺めて、矢張り元の通り下手である事が朝日と共に明瞭になつて仕舞つた。
[#引用文、ここまで]
主人は夢の裡迄水彩畫の未練を負脊つてあるいて居ると見える。是では水彩畫家は無論夫子の所謂通人にもなれない質だ。
 主人が水彩畫を夢に見た翌日例の金縁眼鏡の美學者が久し振りで主人を訪問した。彼は座につく
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