「今のはね、御主人の御考ではないですよ。十六世紀のナッシ君の説ですから御安心なさい」
「存じません」と妻君は遠くで簡単な返事をした。寒月君はくすくすと笑った。
「私も存じませんで失礼しましたアハハハハ」と迷亭君は遠慮なく笑ってると、門口《かどぐち》をあらあらしくあけて、頼むとも、御免とも云わず、大きな足音がしたと思ったら、座敷の唐紙が乱暴にあいて、多々良三平《たたらさんぺい》君の顔がその間からあらわれた。
三平君今日はいつに似ず、真白なシャツに卸立《おろした》てのフロックを着て、すでに幾分か相場《そうば》を狂わせてる上へ、右の手へ重そうに下げた四本の麦酒《ビール》を縄ぐるみ、鰹節《かつぶし》の傍《そば》へ置くと同時に挨拶もせず、どっかと腰を下ろして、かつ膝を崩したのは目覚《めざま》しい武者振《むしゃぶり》である。
「先生胃病は近来いいですか。こうやって、うちにばかりいなさるから、いかんたい」
「まだ悪いとも何ともいやしない」
「いわんばってんが、顔色はよかなかごたる。先生顔色が黄《きい》ですばい。近頃は釣がいいです。品川から舟を一艘雇うて――私はこの前の日曜に行きました」
「何か釣れ
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