「可哀相《かわいそう》にヴァイオリンを買うのが悪い事じゃ、音楽学校の生徒はみんな罪人ですよ」
「人が認めない事をすれば、どんないい事をしても罪人さ、だから世の中に罪人ほどあてにならないものはない。耶蘇《ヤソ》もあんな世に生れれば罪人さ。好男子寒月君もそんな所でヴァイオリンを買えば罪人さ」
「それじゃ負けて罪人としておきましょう。罪人はいいですが十時にならないのには弱りました」
「もう一|返《ぺん》、町の名を勘定するさ。それで足りなければまた秋の日をかんかんさせるさ。それでもおっつかなければまた甘干しの渋柿を三ダースも食うさ。いつまでも聞くから十時になるまでやりたまえ」
 寒月先生はにやにやと笑った。
「そう先《せん》を越されては降参するよりほかはありません。それじゃ一足飛びに十時にしてしまいましょう。さて御約束の十時になって金善《かねぜん》の前へ来て見ると、夜寒の頃ですから、さすが目貫《めぬき》の両替町《りょうがえちょう》もほとんど人通りが絶えて、向《むこう》からくる下駄の音さえ淋《さみ》しい心持ちです。金善ではもう大戸をたてて、わずかに潜《くぐ》り戸《と》だけを障子《しょうじ》にし
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