霊を背中《せなか》へ担《かつ》いで、おれの鼻はどこにあるか教えてくれ、教えてくれと騒ぎ立てている。それなら万物の霊を辞職するかと思うと、どう致して死んでも放しそうにしない。このくらい公然と矛盾をして平気でいられれば愛嬌《あいきょう》になる。愛嬌になる代りには馬鹿をもって甘《あまん》じなくてはならん。
吾輩がこの際武右衛門君と、主人と、細君及雪江嬢を面白がるのは、単に外部の事件が鉢合《はちあわ》せをして、その鉢合せが波動を乙《おつ》なところに伝えるからではない。実はその鉢合の反響が人間の心に個々別々の音色《ねいろ》を起すからである。第一主人はこの事件に対してむしろ冷淡である。武右衛門君のおやじさんがいかにやかましくって、おっかさんがいかに君を継子《ままこ》あつかいにしようとも、あんまり驚ろかない。驚ろくはずがない。武右衛門君が退校になるのは、自分が免職になるのとは大《おおい》に趣《おもむき》が違う。千人近くの生徒がみんな退校になったら、教師も衣食の途《みち》に窮するかも知れないが、古井武右衛門君|一人《いちにん》の運命がどう変化しようと、主人の朝夕《ちょうせき》にはほとんど関係がない。
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