け強いだだっ子である。すでにだだっ子である以上は、喧嘩をする勢で、むっくと刎《は》ね起きた主人が急に気をかえて袋戸《ふくろど》の腸を読みにかかるのももっともと云わねばなるまい。第一に眼にとまったのが伊藤博文の逆《さ》か立《だ》ちである。上を見ると明治十一年九月廿八日とある。韓国統監《かんこくとうかん》もこの時代から御布令《おふれ》の尻尾《しっぽ》を追っ懸けてあるいていたと見える。大将この時分は何をしていたんだろうと、読めそうにないところを無理によむと大蔵卿《おおュらきょう》とある。なるほどえらいものだ、いくら逆か立ちしても大蔵卿である。少し左の方を見ると今度は大蔵卿横になって昼寝をしている。もっともだ。逆か立ちではそう長く続く気遣《きづかい》はない。下の方に大きな木板《もくばん》で汝は[#「汝は」に傍点]と二字だけ見える、あとが見たいがあいにく露出しておらん。次の行には早く[#「早く」に傍点]の二字だけ出ている。こいつも読みたいがそれぎれで手掛りがない。もし主人が警視庁の探偵であったら、人のものでも構わずに引っぺがすかも知れない。探偵と云うものには高等な教育を受けたものがないから事実を
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