ケん》君のような事を云ってるね」
 八木独仙と云う名を聞いて主人ははっと驚ろいた。実はせんだって臥竜窟《がりょうくつ》を訪問して主人を説服に及んで悠然《ゆうぜん》と立ち帰った哲学者と云うのが取も直さずこの八木独仙君であって、今主人が鹿爪《しかつめ》らしく述べ立てている議論は全くこの八木独仙君の受売なのであるから、知らんと思った迷亭がこの先生の名を間不容髪《かんふようはつ》の際に持ち出したのは暗に主人の一夜作りの仮鼻《かりばな》を挫《くじ》いた訳になる。
「君独仙の説を聞いた事があるのかい」と主人は剣呑《けんのん》だから念を推《お》して見る。
「聞いたの、聞かないのって、あの男の説ときたら、十年前学校にいた時分と今日《こんにち》と少しも変りゃしない」
「真理はそう変るものじゃないから、変らないところがたのもしいかも知れない」
「まあそんな贔負《ひいき》があるから独仙もあれで立ち行くんだね。第一八木と云う名からして、よく出来てるよ。あの髯《ひげ》が君全く山羊《やぎ》だからね。そうしてあれも寄宿舎時代からあの通りの恰好《かっこう》で生えていたんだ。名前の独仙なども振《ふる》ったものさ。昔《む
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