セ。わしも長生きをした御蔭でこの通り今日《こんにち》の総会にも出席するし、宮殿下の御声もきくし、もうこれで死んでもいい」
「まあ久し振りで東京見物をするだけでも得ですよ。苦沙弥君、伯父はね。今度赤十字の総会があるのでわざわざ静岡から出て来てね、今日いっしょに上野へ出掛けたんだが今その帰りがけなんだよ。それだからこの通り先日僕が白木屋へ注文したフロックコートを着ているのさ」と注意する。なるほどフロックコートを着ている。フロックコートは着ているがすこしもからだに合わない。袖《そで》が長過ぎて、襟《えり》がおっ開《ぴら》いて、背中《せなか》へ池が出来て、腋《わき》の下が釣るし上がっている。いくら不恰好《ぶかっこう》に作ろうと云ったって、こうまで念を入れて形を崩《くず》す訳にはゆかないだろう。その上白シャツと白襟《しろえり》が離れ離れになって、仰《あお》むくと間から咽喉仏《のどぼとけ》が見える。第一黒い襟飾りが襟に属しているのか、シャツに属しているのか判然《はんぜん》しない。フロックはまだ我慢が出来るが白髪《しらが》のチョン髷《まげ》ははなはだ奇観である。評判の鉄扇《てっせん》はどうかと目を注
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