イ梯《かいてい》にもなろう。たのもしい男だ。これも哲学者からやり込められた結果かも知れぬ。
 かように考えながらなお様子をうかがっていると、それとも知らぬ主人は思う存分あかんべえ[#「あかんべえ」に傍点]をしたあとで「大分《だいぶ》充血しているようだ。やっぱり慢性結膜炎だ」と言いながら、人さし指の横つらでぐいぐい充血した瞼《まぶた》をこすり始めた。大方《おおかた》痒《かゆ》いのだろうけれども、たださえあんなに赤くなっているものを、こう擦《こす》ってはたまるまい。遠からぬうちに塩鯛《しおだい》の眼玉のごとく腐爛《ふらん》するにきまってる。やがて眼を開《ひら》いて鏡に向ったところを見ると、果せるかなどんよりとして北国の冬空のように曇っていた。もっとも平常《ふだん》からあまり晴れ晴れしい眼ではない。誇大な形容詞を用いると混沌《こんとん》として黒眼と白眼が剖判《ほうはん》しないくらい漠然《ばくぜん》としている。彼の精神が朦朧《もうろう》として不得要領|底《てい》に一貫しているごとく、彼の眼も曖々然《あいあいぜん》昧々然《まいまいぜん》として長《とこし》えに眼窩《がんか》の奥に漂《ただよ》うてい
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