ヨでつくづく考えて見ると少し変だと気が付いた。もっとも落雲館が変なのか、自分が変なのか疑《うたがい》を存する余地は充分あるが、何しろ変に違ない。いくら中学校の隣に居を構えたって、かくのごとく年が年中|肝癪《かんしゃく》を起しつづけはちと変だと気が付いた。変であって見ればどうかしなければならん。どうするったって仕方がない、やはり医者の薬でも飲んで肝癪《かんしゃく》の源《みなもと》に賄賂《わいろ》でも使って慰撫《いぶ》するよりほかに道はない。こう覚《さと》ったから平生かかりつけの甘木先生を迎えて診察を受けて見ようと云う量見を起したのである。賢か愚か、その辺は別問題として、とにかく自分の逆上に気が付いただけは殊勝《しゅしょう》の志、奇特《きどく》の心得と云わなければならん。甘木先生は例のごとくにこにこと落ちつき払って、「どうです」と云う。医者は大抵どうですと云うに極《き》まってる。吾輩は「どうです」と云わない医者はどうも信用をおく気にならん。
「先生どうも駄目ですよ」
「え、何そんな事があるものですか」
「一体医者の薬は利《き》くものでしょうか」
 甘木先生も驚ろいたが、そこは温厚の長者《ち
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