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これも決して長く続く事はあるまい。主人の心は吾輩の眼球《めだま》のように間断なく変化している。何をやっても永持《ながもち》のしない男である。その上日記の上で胃病をこんなに心配している癖に、表向は大《おおい》に痩我慢をするからおかしい。せんだってその友人で某《なにがし》という学者が尋ねて来て、一種の見地から、すべての病気は父祖の罪悪と自己の罪悪の結果にほかならないと云う議論をした。大分《だいぶ》研究したものと見えて、条理が明晰《めいせき》で秩序が整然として立派な説であった。気の毒ながらうちの主人などは到底これを反駁《はんばく》するほどの頭脳も学問もないのである。しかし自分が胃病で苦しんでいる際《さい》だから、何とかかんとか弁解をして自己の面目を保とうと思った者と見えて、「君の説は面白いが、あのカーライルは胃弱だったぜ」とあたかもカーライルが胃弱だから自分の胃弱も名誉であると云ったような、見当違いの挨拶をした。すると友人は「カーライルが胃弱だって、胃弱の病人が必ずカーライルにはなれないさ」と極《き》め付けたので主人は黙然《もくねん》としていた。かくのごとく虚栄心に富んでいるものの実際
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