「殺すぞと云ったら、迷亭は尻を端折《はしょ》って馳《か》け出した。吾輩は急にからだが大きくなったので、椽側一杯に寝そべって、迷亭の帰るのを待ち受けていると、たちまち家中《うちじゅう》に響く大きな声がしてせっかくの牛《ぎゅう》も食わぬ間《ま》に夢がさめて吾に帰った。すると今まで恐る恐る吾輩の前に平伏していたと思いのほかの主人が、いきなり後架《こうか》から飛び出して来て、吾輩の横腹をいやと云うほど蹴《け》たから、おやと思ううち、たちまち庭下駄をつっかけて木戸から廻って、落雲館の方へかけて行く。吾輩は虎から急に猫と収縮したのだから何となく極《きま》りが悪くもあり、おかしくもあったが、主人のこの権幕と横腹を蹴られた痛さとで、虎の事はすぐ忘れてしまった。同時に主人がいよいよ出馬して敵と交戦するな面白いわいと、痛いのを我慢して、後《あと》を慕って裏口へ出た。同時に主人がぬすっとう[#「ぬすっとう」に傍点]と怒鳴る声が聞える、見ると制帽をつけた十八九になる倔強《くっきょう》な奴が一人、四ツ目垣を向うへ乗り越えつつある。やあ遅かったと思ううち、彼《か》の制帽は馳け足の姿勢をとって根拠地の方へ韋駄天《い
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