フ。そうしてお前の。何も取らずに行《い》んだげな。御巡《おまわ》りさんか夜番でも見えたものであろう」と大《おおい》に泥棒の無謀を憫笑《びんしょう》したがまた一人を捉《つ》らまえて「はいはい御寒う。あなた方は、御若いから、あまりお感じにならんかの」と老人だけにただ一人寒がっている。
 しばらくは爺さんの方へ気を取られて他の化物の事は全く忘れていたのみならず、苦しそうにすくんでいた主人さえ記憶の中《うち》から消え去った時突然流しと板の間の中間で大きな声を出すものがある。見ると紛《まぎ》れもなき苦沙弥先生である。主人の声の図抜けて大いなるのと、その濁って聴き苦しいのは今日に始まった事ではないが場所が場所だけに吾輩は少からず驚ろいた。これは正《まさ》しく熱湯の中《うち》に長時間のあいだ我慢をして浸《つか》っておったため逆上《ぎゃくじょう》したに相違ないと咄嗟《とっさ》の際に吾輩は鑑定をつけた。それも単に病気の所為《せい》なら咎《とが》むる事もないが、彼は逆上しながらも充分本心を有しているに相違ない事は、何のためにこの法外の胴間声《どうまごえ》を出したかを話せばすぐわかる。彼は取るにも足らぬ生意
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