ので、希臘人や、羅馬人は平常《ふだん》から裸体を見做《みな》れていたのだから、これをもって風教上の利害の関係があるなどとは毫《ごう》も思い及ばなかったのだろうが北欧は寒い所だ。日本でさえ裸で道中がなるものかと云うくらいだから独逸《ドイツ》や英吉利《イギリス》で裸になっておれば死んでしまう。死んでしまってはつまらないから着物をきる。みんなが着物をきれば人間は服装の動物になる。一たび服装の動物となった後《のち》に、突然裸体動物に出逢えば人間とは認めない、獣《けだもの》と思う。それだから欧洲人ことに北方の欧洲人は裸体画、裸体像をもって獣として取り扱っていいのである。猫に劣る獣と認定していいのである。美しい? 美しくても構わんから、美しい獣と見做《みな》せばいいのである。こう云うと西洋婦人の礼服を見たかと云うものもあるかも知れないが、猫の事だから西洋婦人の礼服を拝見した事はない。聞くところによると彼等は胸をあらわし、肩をあらわし、腕をあらわしてこれを礼服と称しているそうだ。怪《け》しからん事だ。十四世紀頃までは彼等の出《い》で立《た》ちはしかく滑稽ではなかった、やはり普通の人間の着るものを着て
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