歩くか、あるいは鮪《まぐろ》の切身を啣《くわ》えて馳《か》け出す事と考えるかも知れんが、ただ四本の足を力学的に運動させて、地球の引力に順《したが》って、大地を横行するのは、あまり単簡《たんかん》で興味がない。いくら運動と名がついても、主人の時々実行するような、読んで字のごとき運動はどうも運動の神聖を汚《け》がす者だろうと思う。勿論《もちろん》ただの運動でもある刺激の下《もと》ノはやらんとは限らん。鰹節競争《かつぶしきょうそう》、鮭探《しゃけさが》しなどは結構だがこれは肝心《かんじん》の対象物があっての上の事で、この刺激を取り去ると索然《さくぜん》として没趣味なものになってしまう。懸賞的興奮剤がないとすれば何か芸のある運動がして見たい。吾輩はいろいろ考えた。台所の廂《ひさし》から家根《やね》に飛び上がる方、家根の天辺《てっぺん》にある梅花形《ばいかがた》の瓦《かわら》の上に四本足で立つ術、物干竿《ものほしざお》を渡る事――これはとうてい成功しない、竹がつるつる滑《す》べって爪が立たない。後《うし》ろから不意に小供に飛びつく事、――これはすこぶる興味のある運動の一《ひとつ》だが滅多《めった
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