八千代もなど、おめでたい事を並べて心配らしい顔もせんではないか。心配せんのは、心配する価値がないからではない。いくら心配したって法が付かんからである。吾輩の場合でも三面攻撃は必ず起らぬと断言すべき相当の論拠はないのであるが、起らぬとする方が安心を得るに便利である。安心は万物に必要である。吾輩も安心を欲する。よって三面攻撃は起らぬと極《き》める。
それでもまだ心配が取れぬから、どう云うものかとだんだん考えて見るとようやく分った。三個の計略のうちいずれを選んだのがもっとも得策であるかの問題に対して、自《みずか》ら明瞭なる答弁を得るに苦しむからの煩悶《はんもん》である。戸棚から出るときには吾輩これに応ずる策がある、風呂場から現われる時はこれに対する計《はかりごと》がある、また流しから這い上るときはこれを迎うる成算もあるが、そのうちどれか一つに極《き》めねばならぬとなると大《おおい》に当惑する。東郷大将はバルチック艦隊が対馬海峡《つしまかいきょう》を通るか、津軽海峡《つがるかいきょう》へ出るか、あるいは遠く宗谷海峡《そうやかいきょう》を廻るかについて大《おおい》に心配されたそうだが、今吾輩が
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