》うする多々良君その人もまたこの同類ならんとは今が今まで夢にも知らなかった。いわんや同君はすでに書生ではない、卒業の日は浅きにも係《かか》わらず堂々たる一個の法学士で、六《む》つ井《い》物産会社の役員であるのだから吾輩の驚愕《きょうがく》もまた一と通りではない。人を見たら泥棒と思えと云う格言は寒月第二世の行為によってすでに証拠立てられたが、人を見たら猫食いと思えとは吾輩も多々良君の御蔭によって始めて感得した真理である。世に住めば事を知る、事を知るは嬉しいが日に日に危険が多くて、日に日に油断がならなくなる。狡猾《こうかつ》になるのも卑劣になるのも表裏二枚合せの護身服を着けるのも皆事を知るの結果であって、事を知るのは年を取るの罪である。老人に碌《ろく》なものがいないのはこの理だな、吾輩などもあるいは今のうちに多々良君の鍋《なべ》の中で玉葱《たまねぎ》と共に成仏《じょうぶつ》する方が得策かも知れんと考えて隅《すみ》の方に小さくなっていると、最前《さいぜん》細君と喧嘩をして一反《いったん》書斎へ引き上げた主人は、多々良君の声を聞きつけて、のそのそ茶の間へ出てくる。
「先生泥棒に逢いなさったそう
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