禅家《ぜんけ》で無言の問答をやるのが以心伝心であるなら、この無言の芝居も明かに以心伝心の幕である。すこぶる短かいけれどもすこぶる鋭どい幕である。
「君は一生|旅烏《たびがらす》かと思ってたら、いつの間《ま》にか舞い戻ったね。長生《ながいき》はしたいもんだな。どんな僥倖《ぎょうこう》に廻《めぐ》り合わんとも限らんからね」と迷亭は鈴木君に対しても主人に対するごとく毫《ごう》も遠慮と云う事を知らぬ。いかに自炊の仲間でも十年も逢わなければ、何となく気のおけるものだが迷亭君に限って、そんな素振《そぶり》も見えぬのは、えらいのだか馬鹿なのかちょっと見当がつかぬ。
「可哀そうに、そんなに馬鹿にしたものでもない」と鈴木君は当らず障《さわ》らずの返事はしたが、何となく落ちつきかねて、例の金鎖を神経的にいじっている。
「君電気鉄道へ乗ったか」と主人は突然鈴木君に対して奇問を発する。
「今日は諸君からひやかされに来たようなものだ。なんぼ田舎者だって――これでも街鉄《がいてつ》を六十株持ってるよ」
「そりゃ馬鹿に出来ないな。僕は八百八十八株半持っていたが、惜しい事に大方《おおかた》虫が喰ってしまって、今じゃ半
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