の臥竜窟《がりょうくつ》を尋ねあてたと見える。
細君は喧嘩を後日に譲って、倉皇《そうこう》針箱と袖なしを抱《かか》えて茶の間へ逃げ込む。主人は鼠色の毛布《けっと》を丸めて書斎へ投げ込む。やがて下女が持って来た名刺を見て、主人はちょっと驚ろいたような顔付であったが、こちらへ御通し申してと言い棄てて、名刺を握ったまま後架《こうか》へ這入《はい》った。何のために後架へ急に這入ったか一向要領を得ん、何のために鈴木藤十郎《すずきとうじゅうろう》君の名刺を後架まで持って行ったのかなおさら説明に苦しむ。とにかく迷惑なのは臭い所へ随行を命ぜられた名刺君である。
下女が更紗《さらさ》の座布団を床《とこ》の前へ直して、どうぞこれへと引き下がった、跡《あと》で、鈴木君は一応室内を見廻わす。床に掛けた花開《はなひらく》万国春《ばんこくのはる》とある木菴《もくあん》の贋物《にせもの》や、京製の安青磁《やすせいじ》に活《い》けた彼岸桜《ひがんざくら》などを一々順番に点検したあとで、ふと下女の勧めた布団の上を見るといつの間《ま》にか一|疋《ぴき》の猫がすまして坐っている。申すまでもなくそれはかく申す吾輩である。
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