ョ敷等には、ちらほら見受け候えども、普通の鳥屋|抔《など》には一向《いっこう》見当り不申《もうさず》、苦心《くしん》此事《このこと》に御座|候《そろ》。……」
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 独りで勝手に苦心しているのじゃないかと主人は毫《ごう》も感謝の意を表しない。
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「此孔雀の舌の料理は往昔《おうせき》羅馬《ローマ》全盛の砌《みぎ》り、一時非常に流行致し候《そろ》ものにて、豪奢《ごうしゃ》風流の極度と平生よりひそかに食指《しょくし》を動かし居候《おりそろ》次第|御諒察《ごりょうさつ》可被下候《くださるべくそろ》。……」
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 何が御諒察だ、馬鹿なと主人はすこぶる冷淡である。
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「降《くだ》って十六七世紀の頃迄は全欧を通じて孔雀は宴席に欠くべからざる好味と相成居候《あいなりおりそろ》。レスター伯がエリザベス女皇《じょこう》をケニルウォースに招待致し候節《そろせつ》も慥《たし》か孔雀を使用致し候様《そろよう》記憶|致候《いたしそろ》。有名なるレンブラントが画《えが》き候《そろ》饗宴の図にも孔雀が尾を広げたる儘《まま》卓上に横《よこた》わり居り候《そろ》……」
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 孔雀の料理史をかくくらいなら、そんなに多忙でもなさそうだと不平をこぼす。
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「とにかく近頃の如く御馳走の食べ続けにては、さすがの小生も遠からぬうちに大兄の如く胃弱と相成《あいな》るは必定《ひつじょう》……」
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 大兄のごとくは余計だ。何も僕を胃弱の標準にしなくても済むと主人はつぶやいた。
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「歴史家の説によれば羅馬人《ローマじん》は日に二度三度も宴会を開き候由《そろよし》。日に二度も三度も方丈《ほうじょう》の食饌《しょくせん》に就き候えば如何なる健胃の人にても消化機能に不調を醸《かも》すべく、従って自然は大兄の如く……」
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 また大兄のごとくか、失敬な。
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「然《しか》るに贅沢《ぜいたく》と衛生とを両立せしめんと研究を尽したる彼等は不相当に多量の滋味を貪《むさぼ》ると同時に胃腸を常態に保持するの必要を認め、ここに一の秘法を案出致し候《そろ》……」
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 はてねと主人は急に熱心になる。
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