R自在に往来する事が出来る。こしらえたって、こしらえなくたって同じ事だ。然し落雲館の校長は猫のために四つ目垣を作ったのではない、自分が養成する君子が潜《くぐ》られんために、わざわざ職人を入れて結《ゆ》い繞《めぐ》らせたのである。なるほどいくら風通しがよく出来ていても、人間には潜《くぐ》れそうにない。この竹をもって組み合せたる四寸角の穴をぬける事は、清国《しんこく》の奇術師|張世尊《ちょうせいそん》その人といえどもむずかしい。だから人間に対しては充分垣の功能をつくしているに相違ない。主人がその出来上ったのを見て、これならよかろうと喜んだのも無理はない。しかし主人の論理には大《おおい》なる穴がある。この垣よりも大いなる穴がある。呑舟《どんしゅう》の魚をも洩《も》らすべき大穴がある。彼は垣は踰《こ》ゆべきものにあらずとの仮定から出立している。いやしくも学校の生徒たる以上はいかに粗末の垣でも、垣と云う名がついて、分界線の区域さえ判然すれば決して乱入される気遣はないと仮定したのである。次に彼はその仮定をしばらく打ち崩《くず》して、よし乱入する者があっても大丈夫と論断したのである。四つ目垣の穴を潜《くぐ》り得る事は、いかなる小僧といえどもとうてい出来る気遣はないから乱入の虞《おそれ》は決してないと速定《そくてい》してしまったのである。なるほど彼等が猫でない限りはこの四角の目をぬけてくる事はしまい、したくても出来まいが、乗り踰《こ》える事、飛び越える事は何の事もない。かえって運動になって面白いくらいである。
垣の出来た翌日から、垣の出来ぬ前と同様に彼等は北側の空地へぽかりぽかりと飛び込む。但《ただ》し座敷の正面までは深入りをしない。もし追い懸けられたら逃げるのに、少々ひまがいるから、予《あらかじ》め逃げる時間を勘定に入《い》れて、捕《とら》えらるる危険のない所で遊弋《ゆうよく》をしている。彼等が何をしているか東の離れにいる主人には無論目に入《い》らない。北側の空地《あきち》に彼等が遊弋している状態は、木戸をあけて反対の方角から鉤《かぎ》の手に曲って見るか、または後架《こうか》の窓から垣根越しに眺《なが》めるよりほかに仕方がない。窓から眺める時はどこに何がいるか、一目《いちもく》明瞭に見渡す事が出来るが、よしや敵を幾人《いくたり》見出したからと云って捕える訳には行かぬ。ただ窓の格
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