q《こうし》の中から叱りつけるばかりである。もし木戸から迂回《うかい》して敵地を突こうとすれば、足音を聞きつけて、ぽかりぽかりと捉《つら》まる前に向う側へ下りてしまう。膃肭臍《おっとせい》がひなたぼっこをしているところへ密猟船が向ったような者だ。主人は無論後架で張り番をしている訳ではない。と云って木戸を開いて、音がしたら直ぐ飛び出す用意もない。もしそんな事をやる日には教師を辞職して、その方専門にならなければ追っつかない。主人方の不利を云うと書斎からは敵の声だけ聞えて姿が見えないのと、窓からは姿が見えるだけで手が出せない事である。この不利を看破したる敵はこんな軍略を講じた。主人が書斎に立て籠《こも》っていると探偵した時には、なるべく大きな声を出してわあわあ云う。その中には主人をひやかすような事を聞こえよがしに述べる。しかもその声の出所を極めて不分明にする。ちょっと聞くと垣の内で騒いでいるのか、あるいは向う側であばれているのか判定しにくいようにする。もし主人が出懸けて来たら、逃げ出すか、または始めから向う側にいて知らん顔をする。また主人が後架へ――吾輩は最前からしきりに後架後架ときたない字を使用するのを別段の光栄とも思っておらん、実は迷惑千万であるが、この戦争を記述する上において必要であるからやむを得ない。――即《すなわ》ち主人が後架へまかり越したと見て取るときは、必ず桐の木の附近を徘徊《はいかい》してわざと主人の眼につくようにする。主人がもし後架から四隣《しりん》に響く大音を揚げて怒鳴りつければ敵は周章《あわ》てる気色《けしき》もなく悠然《ゆ、ぜん》と根拠地へ引きあげる。この軍略を用いられると主人ははなはだ困却する。たしかに這入《はい》っているなと思ってステッキを持って出懸けると寂然《せきぜん》として誰もいない。いないかと思って窓からのぞくと必ず一二人這入っている。主人は裏へ廻って見たり、後架から覗《のぞ》いて見たり、後架から覗いて見たり、裏へ廻って見たり、何度言っても同じ事だが、何度云っても同じ事を繰り返している。奔命《ほんめい》に疲れるとはこの事である。教師が職業であるか、戦争が本務であるかちょっと分らないくらい逆上《ぎゃくじょう》して来た。この逆上の頂点に達した時に下《しも》の事件が起ったのである。
 事件は大概逆上から出る者だ。逆上とは読んで字のごとく逆《さ》
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