《くそぢから》はちっとも出さないですむ。活力節約の結果楽に仕事ができる。されば自動車のない昔はいざ知らず、いやしくも発明される以上人力車は自動車に負けなければならない。負ければ追つかなければならない。と云う訳で、少しでも労力を節減し得て優勢なるものが地平線上に現われてここに一つの波瀾《はらん》を誘うと、ちょうど一種の低気圧と同じ現象が開化の中に起って、各部の比例がとれ平均が回復されるまでは動揺してやめられないのが人間の本来であります。積極的活力の発現の方から見てもこの波動は同じことで、早い話が今までは敷島《しきしま》か何か吹かして我慢しておったのに、隣りの男が旨《うま》そうに埃及煙草《エジプトたばこ》を喫《の》んでいるとやっぱりそっちが喫みたくなる。また喫んで見ればその方が旨《うま》いに違ない。しまいには敷島などを吹かすものは人間の数へ入らないような気がして、どうしても埃及へ喫み移らなければならぬと云う競争が起って来る。通俗の言葉で云えば人間が贅沢《ぜいたく》になる。道学者は倫理的の立場から始終《しじゅう》奢侈《しゃし》を戒《いま》しめている。結構には違ないが自然の大勢に反した訓戒であ
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