近づいて来る。馬は総身に汗をかいて、白い泡を吹いているに、乗手は鞭《むち》を鳴らして口笛をふく。戦国のならい、ウィリアムは馬の背で人と成ったのである。
去年の春の頃から白城の刎橋の上に、暁方《あけがた》の武者の影が見えなくなった。夕暮の蹄の音も野に逼《せま》る黒きものの裏《うち》に吸い取られてか、聞えなくなった。その頃からウィリアムは、己《おの》れを己れの中《うち》へ引き入るる様に、内へ内へと深く食い入る気色であった。花も春も余所《よそ》に見て、只心の中に貯えたる何者かを使い尽すまではどうあっても外界に気を転ぜぬ様に見受けられた。武士の命は女と酒と軍《いく》さである。吾思う人の為めにと箸《はし》の上げ下しに云う誰彼《たれかれ》に傚《なら》って、わがクララの為めにと云わぬ事はないが、その声の咽喉《のど》を出る時は、塞《ふさ》がる声帯を無理に押し分ける様であった。血の如き葡萄の酒を髑髏《どくろ》形の盃《さかずき》にうけて、縁越すことをゆるさじと、髭《ひげ》の尾まで濡《ぬ》らして呑み干す人の中に、彼は只額を抑えて、斜めに泡を吹くことが多かった。山と盛る鹿の肉に好味の刀《とう》を揮《ふる》う
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