被下《くださるべく》候《そうろう》。
「御承知の通《とおり》小夜は五年|前《ぜん》当地に呼び寄せ候迄、東京にて学校教育を受け候事とて切に転住の速《すみや》かなる事を希望致し居候。同人|行末《ゆくすえ》の義に関しては大略御同意の事と存じ候えば別に不申述《もうしのべず》。追て其地にて御面会の上|篤《とく》と御協議申上度と存候。
「博覧会にて御地は定めて雑沓《ざっとう》の事と存候。出立の節はなるべく急行の夜汽車を撰《えら》みたくと存じ候えども、急行は非常の乗客の由につき、一層《いっそ》途中にて一二泊の上ゆるゆる上京致すやも計りがたく候。時日刻限はいずれ確定次第御報|可致《いたすべく》候《そうろう》。まずは右当用迄|匆々《そうそう》不一」
[#ここで字下げ終わり]
読み終った小野さんは、机の前に立ったままである。巻き納めぬ手紙は右の手からだらりと垂れて、清三様……孤堂とかいた端《はじ》が青いカシミヤの机掛の上に波を打って二三段に畳まれている。小野さんは自分の手元から半切れを伝わって机掛の白く染め抜かれているあたりまで順々に見下して行く。見下した眼の行き留《どま》った時、やむを得ず、睛《ひとみ
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