なくっても、まあ聞いて見るんだ。知ってるなら云って見ろ」
「うるさいな、知ってるよ」
「だから云って御覧なさいよ。哲学者なんてものは、よくごまかすもので、何を聞いても知らないと白状の出来ない執念深《しゅうねんぶか》い人間だから、……」
「どっちが執念深いか分りゃしない」
「どっちでも、いいから、云って御覧」
「ゴージアン・ノットと云うのはアレキサンダー時代の話しさ」
「うん、知ってるね。それで」
「ゴージアスと云う百姓がジュピターの神へ車を奉納《ほうのう》したところが……」
「おやおや、少し待った。そんな事があるのかい。それから」
「そんな事があるのかって、君、知らないのか」
「そこまでは知らなかった」
「何だ。自分こそ知らない癖に」
「ハハハハ学校で習った時は教師がそこまでは教えなかった。あの教師もそこまではきっと知らないに違ない」
「ところがその百姓が、車の轅《ながえ》と横木を蔓《かずら》で結《ゆわ》いた結び目を誰がどうしても解《と》く事が出来ない」
「なあるほど、それをゴージアン・ノットと云うんだね。そうか。その結目《ノット》をアレキサンダーが面倒臭いって、刀を抜いて切っちまった
前へ
次へ
全488ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング