うですね」と小野さんは、うまいところで話頭を転換した。
「まるであなた鉄砲玉のようで――あれも、始終《しじゅう》身体《からだ》が悪いとか申して、ぐずぐずしておりますから、それならば、ちと旅行でもして判然《はきはき》したらよかろうと申しましてね――でも、まだ、何だかだと駄々を捏《こ》ねて、動かないのを、ようやく宗近に頼んで連れ出して貰《もら》いました。ところがまるで鉄砲玉で。若いものと申すものは……」
「若いって兄さんは特別ですよ。哲学で超絶しているんだから特別ですよ」
「そうかね、御母さんには何だか分らないけれども――それにあなた、あの宗近と云うのが大の呑気屋《のんきや》で、あれこそ本当の鉄砲玉で、随分の困りものでしてね」
「アハハハ快活な面白い人ですな」
「宗近と云えば、御前《おまい》さっきのものはどこにあるのかい」と御母さんは、きりりとした眼を上げて部屋のうちを見廻わす。
「ここです」と藤尾は、軽く諸膝《もろひざ》を斜《なな》めに立てて、青畳の上に、八反《はったん》の座布団《ざぶとん》をさらりと滑《す》べらせる。富貴《ふうき》の色は蜷局《とぐろ》を三重に巻いた鎖の中に、堆《うずたか
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