帰る。レオパルジの隣にあった黄表紙《きびょうし》の日記を持って煖炉の前まで戻って来た。親指を抑えにして小口を雨のように飛ばして見ると、黒い印気《インキ》と鼠《ねずみ》の鉛筆が、ちら、ちら、ちらと黄色い表紙まで来て留った。何を書いたものやらいっこう要領を得ない。昨夕《ゆうべ》寝る前に書き込んだ、
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|入[#レ]道《みちにいる》無言客《むごんのかく》。|出[#レ]家《いえをいず》有髪僧《うはつのそう》。
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の一聯が、最後の頁の最後の句である事だけを記憶している。甲野さんは思い切って日記を散らばった紙の上へ乗せた。屈《しゃが》んだ。煖炉敷《ハースラッグ》の前でしゅっと云う音がする。乱れた紙は、静なるうちに、惓怠《けったる》い伸《のび》をしながら、下から暖められて来る。きな臭い煙が、紙と紙の隙間《すきま》を這《は》い上《のぼ》って出た。すると紙は下層《したがわ》の方から動き出した。
「うん、まだ書く事があった」
と甲野さんは膝を立てながら、日記を煙のなかから救い出す。紙は茶に変る。ぼうと音がすると煖炉のうちは一面の火になった。
「おや、どうしたの」
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