野さんがこの決心をしたその晩から想像力は復活した。――
瘠《や》せた頬を描《えが》く。落ち込んだ眼を描く。縺《もつ》れた髪を描く。虫のような気息《いき》を描く。――そうして想像は一転する。
血を描く。物凄《ものすご》き夜と風と雨とを描く。寒き灯火《ともしび》を描く。白張《しらはり》の提灯《ちょうちん》を描く。――ぞっとして想像はとまる。
想像のとまった時、急に約束を思い出す。約束の履行から出る快《こころよ》からぬ結果を思い出す。結果はまたも想像の力で曲々《きょくきょく》の波瀾を起す。――良心を質に取られる。生涯受け出す事が出来ぬ。利に利がつもる。背中が重くなる、痛くなる、そうして腰が曲る。寝覚《ねざめ》がわるい。社会が後指《うしろゆび》を指《さ》す。
惘然《もうぜん》として煙草の煙を眺めている。恩賜の時計は一秒ごとに約束の履行を促《うな》がす。橇《そり》の上に力なき身を託したようなものである。手を拱《こま》ぬいていれば自然と約束の淵《ふち》へ滑《すべ》り込む。「時」の橇《そり》ほど正確に滑るものはない。
「やっぱり行く事にするか。後暗《うしろぐら》い行《おこない》さえなければ行
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