から云えば大事な娘だ。人一人殺しても博士になる気かと小野に聞いてくれ。それから、そう云ってくれ。井上孤堂は法律上の契約よりも徳義上の契約を重んずる人間だって。――月々金を貢《みつ》いでやる? 貢いでくれと誰が頼んだ。小野の世話をしたのは、泣きついて来て可愛想《かわいそう》だから、好意ずくでした事だ。何だ物質的の補助をするなんて、失礼千万な。――小夜や、用があるからちょっと出て御出、おいいないのか」
小夜子は襖の蔭で啜《すす》り泣《なき》をしている。先生はしきりに咳《せ》く。浅井君は面喰《めんくら》った。
こう怒られようとは思わなかった。またこう怒られる訳がない。自分の云う事は事理明白である。世間に立って成功するには誰の目にも博士号は大切である。瞹眛《あいまい》な約束をやめてくれと云うのもさほど不義理とは受取れない。世話をして貰いっ放しでは不都合かも知れないが、して貰っただけの事を物質的に返すと云い出せば、喜んでこっちの義務心を満足させべきはずである。それを突然怒り出す。――そこで浅井君は面喰った。
「先生そう怒っちゃ困ります。悪ければまた小野に逢《あ》って話して見ますから」と云った
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