して筒を抜いた。取り出した験温器を日に翳《かざ》して二三度やけに振りながら、
「何だって、そんな余計な事を云うんだ」と度盛《どもり》を透《すか》して見る。先生の精神は半ば験温器にある。浅井君はこの間に元気を回復した。
「実は頼まれたんです」
「頼まれた? 誰に」
「小野に頼まれたんです」
「小野に頼まれた?」
先生は腋《わき》の下へ験温器を持って行く事を忘れた。茫然《ぼうぜん》としている。
「ああ云う男だものだから、自分で先生の所へ来て断わり切れないんです。それで僕に頼んだです」
「ふうん。もっと精《くわ》しく話すがいい」
「二三日|中《じゅう》に是非こちらへ御返事をしなければならないからと云いますから、僕が代理にやって来たんです」
「だから、どう云う理由で断わるんだか、それを精しく話したら好いじゃないか」
襖《ふすま》の蔭で小夜子が洟《はな》をかんだ。つつましき音ではあるが、一重《ひとえ》隔ててすぐ向《むこう》にいる人のそれと受け取れる。鴨居《かもい》に近く聞えたのは、襖越《ふすまごし》に立っているらしい。浅井君の耳にはどんな感じを与えたか知らぬ。
「理由はですな。博士にならなけ
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