頼みにさ。できるだけ運動して置かんと駄目だからな」
「だって、宗近だって外交官の試験に及第しないで困ってるところだよ。頼んだってしようがない」
「なに構わん。話に行って見る」
 小野さんは眼を地面の上へ卸《おろ》して、二三間は無言で来た。
「君、先生のところへはいつ行ってくれる」
「今夜か明日《あした》の朝行ってやる」
「そうか」
 麦畑を折れると、杉の木陰《こかげ》のだらだら坂になる。二人は前後して坂を下りた。言葉を交すほどの遑《いとま》もない。下り切って疎《まばら》な杉垣を、肩を並べて通り越すとき、小野さんは云った。――
「君もし宗近へ行ったらね。井上先生の事は話さずに置いてくれたまえ」
「話しゃせん」
「いえ、本当に」
「ハハハハ大変|恥《はじ》かんどるの。構わんじゃないか」
「少し困る事があるんだから、是非……」
「好し、話しゃせん」
 小野さんははなはだ心元《こころもと》なく思った。半分ほどは今頼んだ事を取り返したく思った。
 四つ角で浅井君に別れた小野さんは、安からぬ胸を運んで甲野の邸《やしき》まで来る。藤尾《ふじお》の部屋へ這入《はい》って十五分ほど過ぎた頃、宗近君の姿は
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