「要らないって……」
「本当に要らないんですよ、甲野さんのは。負惜《まけおし》みや面当《つらあて》じゃありません」
「糸公、御前は甲野の知己《ちき》だよ。兄さん以上の知己だ。それほど信仰しているとは思わなかった」
「知己でも知己でなくっても、本当のところを云うんです。正しい事を云うんです。叔母さんや藤尾さんがそうでないと云うんなら、叔母さんや藤尾さんの方が間違ってるんです。私は嘘を吐《つ》くのは大嫌《だいきらい》です」

「感心だ。学問がなくっても誠から出た自信があるから感心だ。兄さん大賛成だ。それでね、糸公、改めて相談するが甲野が家《うち》を出ても出なくっても、財産をやってもやらなくっても、御前甲野のところへ嫁に行く気はあるかい」
「それは話がまるで違いますわ。今云ったのはただ正直なところを云っただけですもの。欽吾さんに御気の毒だから云ったんです」
「よろしい。なかなか訳が分っている。妹ながら見上げたもんだ。だから別問題として聞くんだよ。どうだね厭《いや》かい」
「厭だって……」とと言い懸《か》けて糸子は急に俯向《うつむ》いた。しばらくは半襟《はんえり》の模様を見詰めているように
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