、阿父様《おとうさま》がそんな事をおっしゃるもんですか」
「そうかい。だって、人が来ると読み掛けた本を伏せて、枡落《ますおと》し見たように一生懸命におさえているところをもって見ると、阿父さんの云うところもまんざら嘘とは思えないじゃないか」
「嘘ですよ。嘘だって云うのに、あなたもよっぽど卑劣な方ね」
「卑劣は一大痛棒だね。注意人物の売国奴《ばいこくど》じゃないかハハハハ」
「だって人の云う事を信用なさらないんですもの。そんなら証拠を見せて上げましょうか。ね。待っていらっしゃいよ」
 糸子は抑えた本を袖《そで》で隠さんばかりに、机から手本《てもと》へ引き取って、兄の見えぬように帯の影に忍ばした。
「掏《す》り替《か》えちゃいけないぜ」
「まあ黙って、待っていらっしゃい」
 糸子は兄の眼を掠《かす》めて、長い袖の下に隠した本を、しきりに細工していたが、やがて
「ほら」と上へ出す。
 両手で叮嚀《ていねい》に抑えた頁《ページ》の、残る一寸角《いっすんかく》の真中に朱印が見える。
「見留《みとめ》じゃないか。なんだ――甲野」
「分ったでしょう」
「借りたのかい」
「ええ。恋愛小説じゃないでしょう
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