ただ右手に当る弓形《ゆみなり》の一ヵ所となった時、がちゃりと釘舌《ボールト》を捩《ねじ》る音がして、待ち設けた藤尾の姿が入口に現われた。白い姿を春に託す。深い背景のうちに肩から上が浮いて見える。甲野さんの鉛筆は引きかけた線の半《なか》ばでぴたりと留った。同時に藤尾の顔は背景を抜け出して来る。
「炙《あぶ》り出しはどうして」と言いながら、母の隣まで来て、横合から腰を卸《おろ》す。卸し終った時、また、
「出て?」と母に聞く。母はただ藤尾の方を意味ありげに見たのみである。甲野さんの黒い線はこの間に四本増した。
「兄さんが御前に何か御用があると御云いだから」
「そう」と云ったなり、藤尾は兄の方へ向き直った。黒い線がしきりに出来つつある。
「兄さん、何か御用」
「うん」と云った甲野さんは、ようやく顔を上げた。顔を上げたなり何とも云わない。
 藤尾は再び母の方を見た。見ると共に薄笑《うすわらい》の影が奇麗《きれい》な頬にさす。兄はやっと口を切る。
「藤尾、この家《うち》と、私《わたし》が父《おとっ》さんから受け襲《つ》いだ財産はみんな御前にやるよ」
「いつ」
「今日からやる。――その代り、母《おっ
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