して見せる。定めて愉快だろう。しかし今のような下宿住居で、隣り近所の乱調子に頭を攪《か》き廻されるようではとうてい駄目である。今のように過去に追窮されて、義理や人情のごたごたに、日夜共心を使っていてはとうてい駄目である。自慢ではないが自分は立派な頭脳を持っている。立派な頭脳を持っているものは、この頭脳を使って世間に貢献するのが天職である。天職を尽すためには、尽し得るだけの条件がいる。こう云う書斎はその条件の一つである。――小野さんはこう云う書斎に這入《はい》りたくてたまらない。
 高等学校こそ違え、大学では甲野《こうの》さんも小野さんも同年であった。哲学と純文学は科が異なるから、小野さんは甲野さんの学力を知りようがない。ただ「哲世界と実世界」と云う論文を出して卒業したと聞くばかりである。「哲世界と実世界」の価値は、読まぬ身に分るはずがないが、とにかく甲野さんは時計をちょうだいしておらん。自分はちょうだいしておる。恩賜の時計は時を計るのみならず、脳の善悪《よしあし》をも計る。未来の進歩と、学界の成功をも計る。特典に洩《も》れた甲野さんは大した人間ではないにきまっている。その上卒業してから
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