「それでは――御疎怱《おそうそう》であった」
 小野さんはすっきりと立つ。先生は洋灯《ランプ》を執《と》る。
「もう、どうぞ。分ります」と云いつつ玄関へ出る。
「やあ、月夜だね」と洋灯を肩の高さに支えた先生がいう。
「ええ穏《おだやか》な晩です」と小野さんは靴の紐《ひも》を締めつつ格子《こうし》から往来を見る。
「京都はなお穏だよ」
 屈《こご》んでいた小野さんはようやく沓脱《くつぬぎ》に立った。格子が明《あ》く。華奢《きゃしゃ》な体躯《からだ》が半分ばかり往来へ出る。
「清三」と先生は洋灯の影から呼び留めた。
「ええ」と小野さんは月のさす方から振り向いた。
「なに別段用じゃない。――こうして東京へ出掛けて来たのは、小夜の事を早く片づけてしまいたいからだと思ってくれ。分ったろうな」と云う。
 小野さんは恭《うやうや》しく帽子を脱ぐ。先生の影は洋灯と共に消えた。
 外は朧《おぼろ》である。半《なか》ば世を照らし、半ば世を鎖《とざ》す光が空に懸《かか》る。空は高きがごとく低きがごとく据《すわ》らぬ腰を、更《ふ》けぬ宵《よい》に浮かしている。懸るものはなおさらふわふわする。丸い縁《ふち》
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