ん》だからね」
 小野さんは、そうだとも、そうでないとも云わなかった。手は膝《ひざ》の上にある。眼は手の上にある。
「私《わたし》がこうして、どうかこうかしているうちは好い。好いがこの通りの身体だから、いつ何時《なんどき》どんな事がないとも限らない。その時が困る。兼《かね》ての約束はあるし、御前も約束を反故《ほご》にするような軽薄な男ではないから、小夜の事は私がいない後《あと》でも世話はしてくれるだろうが……」
「そりゃ勿論《もちろん》です」と云わなければならない。
「そこは私も安心している。しかし女は気の狭いものでね。アハハハハ困るよ」
 何だか無理に笑ったように聞える。先生の顔は笑ったためにいよいよ淋《さみ》しくなった。
「そんなに御心配なさる事も要《い》らんでしょう」と覚束《おぼつか》なく云う。言葉の腰がふらふらしている。
「私はいいが、小夜がさ」
 小野さんは右の手で洋服の膝を摩《こす》り始めた。しばらくは二人とも無言である。心なき灯火《ともしび》が双方を半分《はんぶ》ずつ照らす。
「御前の方にもいろいろな都合はあるだろう。しかし都合はいくら立ったって片づくものじゃない」
「そ
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