これは」と先生は機嫌が好い。運命の車で降りるものが、昇るものに出合うと自然に機嫌がよくなる。
「さあ御上り」とたちまち座敷へ取って返す。小野さんは靴の紐《ひも》を解く。解き終らぬ先に先生はまた出てくる。
「さあ御上り」
 座敷の真中に、昼を厭《いと》わず延べた床《とこ》を、壁際へ押しやったあとに、新調の座布団が敷いてある。
「どうか、なさいましたか」
「何だか、今朝から心持が悪くってね。それでも朝のうちは我慢していたが、午《ひる》からとうとう寝てしまった。今ちょうどうとうとしていたところへ君が来たので、待たして御気の毒だった」
「いえ、今格子を開《あ》けたばかりです」
「そうかい。何でも誰か来たようだから驚いて出て見た」
「そうですか、それは御邪魔をしました。寝ていらっしゃれば好かったですね」
「なに大した事はないから。――それに小夜も婆さんもいないものだから」
「どこかへ……」
「ちょっと風呂に行った。買物かたがた」
 床の抜殻は、こんもり高く、這《は》い出した穴を障子に向けている。影になった方が、薄暗く夜着の模様を暈《ぼか》す上に、投げ懸けた羽織の裏が、乏しき光線《ひかり》をきらき
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