地面の上を歩行《あるい》ていないようだと、宗近君が云ったのは、まさに現下の状態によく適合《あてはま》った小野評である。靴に踏む大地は広くもある、堅くもある、しかし何となく踏み心地が確かでない。にもかかわらず急ぎたい。気楽な宗近君などに逢《あ》っては立話をするのさえ難義である。いっしょにあるこうと云われるとなおさら困る。
常でさえ宗近君に捕《つら》まると何となく不安である。宗近君と藤尾《ふじお》の関係を知るような知らぬような間《ま》に、自分と藤尾との関係は成り立ってしまった。表向《おもてむき》人の許嫁《いいなずけ》を盗んだほどの罪は犯さぬつもりであるが、宗近君の心は聞かんでも知れている。露骨な人の立居振舞の折々にも、気のあるところはそれと推測が出来る。それを裏から壊しに掛ったとまでは行かぬにしても、事実は宗近君の望を、われ故《ゆえ》に、永久に鎖した訳になる。人情としては気の毒である。
気の毒はこれだけで気の毒である上に、宗近君が気楽に構えて、毫《ごう》も自分と藤尾の仲を苦にしていないのがなおさらの気の毒になる。逢えば隔意なく話をする。冗談《じょうだん》を云う。笑う。男子の本領を説く。
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