白くかいてある。空は針線《はりがね》だらけである。一羽の鳶《とび》も見えぬ。上の静なるだけに下はすこぶる雑駁《ざっぱく》な世界である。
「おいおい」と大きな声で後から呼ぶ。
 二十四五の夫人がちょっと振り向いたまま行く。
「おい」
 今度は印絆天《しるしばんてん》が向いた。
 呼ばれた本人は、知らぬ気《げ》に、来る人を避《よ》けて早足に行く。抜き競《くら》をして飛んで来た二|輛《りょう》の人力《じんりき》に遮《さえ》ぎられて、間はますます遠くなる。宗近《むねちか》君は胸を出して馳《か》け出した。寛《ゆる》く着た袷《あわせ》と羽織が、足を下《おろ》すたんびに躍《おどり》を踊る。
「おい」と後《うしろ》から手を懸《か》ける。肩がぴたりと留まると共に、小野さんの細面《ほそおもて》が斜《なな》めに見えた。両手は塞《ふさ》がっている。
「おい」と手を懸けたまま肩をゆす振る。小野さんはゆす振られながら向き直った。
「誰かと思ったら……失敬」
 小野さんは帽子のまま鄭寧《ていねい》に会釈《えしゃく》した。両手は塞《ふさ》がっている。
「何を考えてるんだ。いくら呼んでも聴《きこ》えない」
「そうでした
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