たんだろう」
「きっと宗近へ行ったんですよ」
 対話がここまで進んだ時、小野さんがいらっしゃいましたと下女が両手をつかえる。母は自分の部屋へ引き取った。
 椽側《えんがわ》を曲って母の影が障子《しょうじ》のうちに消えたとき、小野さんは内玄関《ないげんかん》の方から、茶の間の横を通って、次の六畳を、廊下へ廻らず抜けて来る。
 磬《けい》を打って入室相見《にゅうしつしょうけん》の時、足音を聞いただけで、公案の工夫《くふう》が出来たか、出来ないか、手に取るようにわかるものじゃと云った和尚《おしょう》がある。気の引けるときは歩き方にも現われる。獣《けもの》にさえ屠所《としょ》のあゆみと云う諺《ことわざ》がある。参禅《さんぜん》の衲子《のうし》に限った現象とは認められぬ。応用は才人小野さんの上にも利《き》く。小野さんは常から世の中に気兼をし過ぎる。今日は一入《ひとしお》変である。落人《おちゅうど》は戦《そよ》ぐ芒《すすき》に安からず、小野さんは軽く踏む青畳に、そと落す靴足袋《くつたび》の黒き爪先《つまさき》に憚《はばか》り気を置いて這入《はい》って来た。
 一睛《いっせい》を暗所《あんしょ》に点
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