母は無意味に池の上を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みつめ》ていたが、やがて気を換えて
「近頃、小野さんは来ないようだね。どうかしたのかい」と聞いて見る。
 藤尾は屹《きっ》と向き直った。
「どうしたんですか」とじっと母を見た上で、澄してまた庭の方へ眸《ひとみ》を反《そ》らす。母はおやと思う。さっきの鯉が薄赤く浮葉の下を通る。葉は気軽に動く。
「来ないなら、何とか云って来そうなもんだね。病気でもしているんじゃないか」
「病気だって?」と藤尾の声は疳走《かんばし》るほどに高かった。
「いいえさ。病気じゃないか[#「ないか」に傍点]と聞くのさ」
「病気なもんですか」
 清水《きよみず》の舞台から飛び降りたような語勢は鼻の先でふふんと留った。母はまたおやと思う。
「あの人はいつ博士になるんだろうね」
「いつですか」とよそごとのように云う。
「御前《おまい》――あの人と喧嘩《けんか》でもしたのかい」
「小野さんに喧嘩が出来るもんですか」
「そうさ、ただ教えて貰やしまいし、相当の礼をしているんだから」
 謎の女にはこれより以上の解釈は出来ないのである。藤尾は返事を見合せた。
 
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