れやかに練り行くを、迷うは人の随意である。三国一の婿《むこ》と名乗る誰彼を、迷わしてこそ、焦《じ》らしてこそ、育て上げた母の面目は揚《あが》る。海鼠《なまこ》の氷ったような他人にかかるよりは、羨《うらやま》しがられて華麗《はなやか》に暮れては明ける実の娘の月日に添うて墓に入るのが順路である。
 蘭《らん》は幽谷《ゆうこく》に生じ、剣は烈士に帰す。美くしき娘には、名ある聟《むこ》を取らねばならぬ。申込はたくさんあるが、娘の気に入らぬものは、自分の気に入らぬものは、役に立たぬ。指の太さに合わぬ指輪は貰っても捨てるばかりである。大き過ぎても小さ過ぎても聟には出来ぬ。したがって聟は今日《こんにち》まで出来ずにいた。燦《さん》として群がるもののうちにただ一人小野さんが残っている。小野さんは大変学問のできる人だと云う。恩賜の時計をいただいたと云う。もう少し立つと博士になると云う。のみならず愛嬌《あいきょう》があって親切である。上品で調子がいい。藤尾の聟として恥ずかしくはあるまい。世話になっても心持がよかろう。
 小野さんは申分《もうしぶん》のない聟である。ただ財産のないのが欠点である。しかし聟の財
前へ 次へ
全488ページ中260ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング