生が云う。怖ろしいとは、本当に怖ろしい意味でかつ普通に怖ろしい意味である。
「随分出ます」
「早く家《うち》へ帰りたくなった。どうも怖《おそろ》しい人だ。どこからこんなに出て来るのかね」
 小野さんはにやにやと笑った。蜘蛛《くも》の子のように暗い森を蔽《おお》うて至る文明の民は皆自分の同類である。
「さすが東京だね。まさか、こんなじゃ無かろうと思っていた。怖しい所だ」
 数《すう》は勢《いきおい》である。勢を生む所は怖しい。一坪に足らぬ腐れた水でも御玉杓子《おたまじゃくし》のうじょうじょ湧《わ》く所は怖しい。いわんや高等なる文明の御玉杓子を苦もなくひり[#「ひり」に傍点]出す東京が怖しいのは無論の事である。小野さんはまたにやにやと笑った。
「小夜や、どうだい。あぶない、もう少しで紛《はぐ》れるところだった。京都じゃこんな事はないね」
「あの橋を通る時は……どうしようかと思いましたわ。だって怖《こわ》くって……」
「もう大丈夫だ。何だか顔色が悪いようだね。くたびれたかい」
「少し心持が……」
「悪い? 歩きつけないのを無理に歩いたせいだよ。それにこの人出じゃあ。どっかでちょいと休もう。―
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