を眉《まゆ》深く被《かぶ》って立つ。
 糸子は振り返る。夜の笑は水の中で詩を吟ずるようなものである。思う所へは届かぬかも知れぬ。振り返る人の衣《きぬ》の色は黄に似て夜を欺《あざむ》くを、黒いものが幾筋も竪《たて》に刻んでいる。
「驚いたかい」と今度は兄が聞き直す。
「貴所方《あなたがた》は」と糸子を差し置いて藤尾《ふじお》が振り返る。黒い髪の陰から颯《さっ》と白い顔が映《さ》す。頬の端は遠い火光《ひかり》を受けてほの赤い。
「僕は三遍目だから驚ろかない」と宗近君は顔一面を明かるい方へ向けて云う。
「驚くうちは楽《たのしみ》があるもんだ。女は楽が多くて仕合せだね」と甲野さんは長い体躯《からだ》を真直《ますぐ》に立てたまま藤尾を見下《みおろ》した。
 黒い眼が夜を射て動く。
「あれが台湾館なの」と何気なき糸子は水を横切って指を点《さ》す。
「あの一番右の前へ出ているのがそうだ。あれが一番善く出来ている。ねえ甲野さん」
「夜見ると」甲野さんがすぐ但書《ただしがき》を附け加えた。
「ねえ、糸公、まるで竜宮のようだろう」
「本当に竜宮ね」
「藤尾さん、どう思う」と宗近君はどこまでも竜宮が得意であ
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