の袖無《ちゃんちゃん》以後|御見限《おみかぎ》りだね」
「あらいやだ。あんな嘘《うそ》ばかり。今着ていらっしゃるのも縫って上げたんだわ」
「これかい。これはもう駄目だ。こらこの通り」
「おや、ひどい襟垢《えりあか》だ事、こないだ着たばかりだのに――兄さんは膏《あぶら》が多過ぎるんですよ」
「何が多過ぎても、もう駄目だよ」
「じゃこれを縫い上げたら、すぐ縫って上げましょう」
「新らしいんだろうね」
「ええ、洗って張ったの」
「あの親父《おとっさん》の拝領ものか。ハハハハ。時に糸公不思議な事があるがね」
「何が」
「阿爺は年寄の癖に新らしいものばかり着て、年の若いおれには御古《おふる》ばかり着せたがるのは、少し妙だよ。この調子で行くとしまいには自分でパナマの帽子を被って、おれには物置にある陣笠《じんがさ》をかぶれと云うかも知れない」
「ホホホホ兄さんは随分口が達者ね」
「達者なのは口だけか。可哀想《かわいそう》に」
「まだ、あるのよ」
 宗近君は返事をやめて、欄干《らんかん》の隙間《すきま》から庭前《にわさき》の植込を頬杖《ほおづえ》に見下している。
「まだあるのよ。一寸《ちょいと》」と針
前へ 次へ
全488ページ中199ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング