ります」と立ち上がる。云おうと思う事を聞いてもくれない。離れるものは没義道《もぎどう》に離れて行く。未練も会釈《えしゃく》もなく離れて行く。玄関から座敷に引き返した小夜子は惘然《もうぜん》として、椽《えん》に近く坐った。
降らんとして降り損《そこ》ねた空の奥から幽《かす》かな春の光りが、淡き雲に遮《さえ》ぎられながら一面に照り渡る。長閑《のど》かさを抑えつけたる頭の上は、晴るるようで何となく欝陶《うっとう》しい。どこやらで琴の音《ね》がする。わが弾《ひ》くべきは塵《ちり》も払わず、更紗《さらさ》の小包を二つ並べた間に、袋のままで淋《さび》しく壁に持たれている。いつ欝金《うこん》の掩《おい》を除《の》ける事やら。あの曲はだいぶ熟《な》れた手に違ない。片々に抑えて片々に弾《はじ》く爪の、安らかに幾関《いくせき》の柱《じ》を往きつ戻りつして、春を限りと乱るる色は甲斐甲斐《かいがい》しくも豊かである。聞いていると、あの雨をつい昨日《きのう》のように思う。ちらちらに昼の蛍《ほたる》と竹垣に滴《したた》る連※[#「くさかんむり/翹」、第4水準2−87−19]《れんぎょう》に、朝から降って退屈だと
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