突き当る事がある。品《ひん》のいい紳士淑女の対話も胸のうちでは始終《しじゅう》突き当っている。小野さんはまた口を開く番となる。
「あなたはあの時分と少しも違っていらっしゃいませんね」
「そうでしょうか」と小夜子は相手を諾するような、自分を疑うような、気の乗らない返事をする。変っておりさえすればこんなに心配はしない。変るのは歳《とし》ばかりで、いたずらに育った縞柄《しまがら》と、用い古るした琴《こと》が恨《うら》めしい。琴は蔽《おい》のまま床の間に立て掛けてある。
「私はだいぶ変りましたろう」
「見違えるように立派に御成りです事」
「ハハハハそれは恐れ入りますね。まだこれからどしどし変るつもりです。ちょうど嵐山のように……」
小夜子は何と答えていいか分らない。膝《ひざ》に手を置いたまま、下を向いている。小さい耳朶《みみたぶ》が、行儀よく、鬢《びん》の末を潜《くぐ》り抜けて、頬《ほお》と頸《くび》の続目《つぎめ》が、暈《ぼか》したように曲線を陰に曳《ひ》いて去る。見事な画《え》である。惜しい事に真向《まむき》に座《すわ》った小野さんには分からない。詩人は感覚美を好む。これほどの肉の上げ具
前へ
次へ
全488ページ中173ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング