抱く珠の光りを夜《よ》に抜いて、二百里の道を遥々《はるばる》と闇の袋より取り出した時、珠は現実の明海《あかるみ》に幾分か往昔《そのかみ》の輝きを失った。
 小夜子《さよこ》は過去の女である。小夜子の抱けるは過去の夢である。過去の女に抱かれたる過去の夢は、現実と二重の関を隔てて逢《あ》う瀬はない。たまたまに忍んで来れば犬が吠《ほ》える。自《みず》からも、わが来《く》る所ではないか知らんと思う。懐に抱く夢は、抱くまじき罪を、人目を包む風呂敷に蔵《かく》してなおさらに疑《うたがい》を路上に受くるような気がする。
 過去へ帰ろうか。水のなかに紛れ込んだ一雫《ひとしずく》の油は容易に油壺《あぶらつぼ》の中へ帰る事は出来ない。いやでも応でも水と共に流れねばならぬ。夢を捨てようか。捨てられるものならば明海へ出ぬうちに捨ててしまう。捨てれば夢の方で飛びついて来る。
 自分の世界が二つに割れて、割れた世界が各自《てんで》に働き出すと苦しい矛盾が起る。多くの小説はこの矛盾を得意に描《えが》く。小夜子の世界は新橋の停車場《ステーション》へぶつかった時、劈痕《ひび》が入った。あとは割れるばかりである。小説はこ
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