水準1−86−14]た何ですか」と宗近君は阿爺《おやじ》の前で変則の胡坐《あぐら》をかいている。
「アハハハハそれじゃ叡山《えいざん》へ何しに登ったか分からない」
「そんなものは通り路に見当らなかったようだね、甲野《こうの》さん」
甲野さんは茶碗を前に、くすんだ万筋の前を合して、黒い羽織の襟《えり》を正しく坐っている。甲野さんが問い懸《か》けられた時、※[#「單+展」、第4水準2−4−51]然《にこやか》な糸子の顔は揺《うご》いた。
「相輪※[#「木+棠」、第3水準1−86−14]はなかったようだね」と甲野さんは手を膝《ひざ》の上に置いたままである。
「通り路にないって……まあどこから登ったか知らないが――吉田かい」
「甲野さん、あれは何と云う所かね。僕らの登ったのは」
「何と云う所か知ら」
「阿爺《おとっさん》何でも一本橋を渡ったんですよ」
「一本橋を?」
「ええ、――一本橋を渡ったな、君、――もう少し行くと若狭《わかさ》の国へ出る所だそうです」
「そう早く若狭へ出るものか」と甲野さんはたちまち前言を取り消した。
「だって君が、そう云ったじゃないか」
「それは冗談《じょうだん》さ」
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